日本のジーンズの歴史について

私がブログをやっている目的のひとつは、32年間のジーンズ業界でお世話になり、親しくお付き合い頂いた方々の事、その方たちからお聞きした貴重なお話しを、なんらかの形で書き残しておきたいという思いがあります。

残念ながら若い頃から無茶ばかりしていた先輩方はわりと短命で、生きていらっしゃれば現在まだ80歳手前くらいの方たちが何人もいらっしゃいます。その先輩たちからお聞きしたストーリーのひとつに『日本のジーンズの歴史』というものがあります。
なお、この話はあくまでもすでにお亡くなりになった先輩が話してくれた事ですので、間違っている部分や誇張されている部分もあるのかもしれません。あくまでも『私が聴いたお話し』としてご理解ください。また、明確に間違い部分をご存知の方は、ご一報頂けますと幸いです。

ご存知のとおり、日本は1945年まで戦争をしていました。そして、敗戦した日本は戦後の厳しい時代を迎えました。戦後はさまざまな物が不足していました。特にあまり農地がなかった東京都心では食料の入手は難しく、配給される食糧だけでは足りないので各地に営業許可を持たない闇市と言われる違法のマーケットが誕生していました。日本のジーンズと切っても切り離せない上野アメヤ横丁(アメ横) も、元々は戦後の闇市から発生した場所だったそうです。
当時、アメ横では食料の他に、様々な物資が販売されていました。戦後の物資不足の中でも、食品についで需要があったのは衣服類だっただろうと思います。特に東京は繰り返される空襲で、衣服が焼けて無くなってしまった人が多く、どのような衣服でも欲しいという需要があったと思います。

その頃、上野アメ横では、米軍からの払い下げ衣料品というものが売られていました。これらは米軍内で不要になった軍服や、米軍関係者が着用していた普段着などで、なんらかの経緯で米軍組織内にコネクションを持っていた(らしい)東京の業者が払い下げ品を購入して、闇市などで販売したものです。
上野アメ横周辺には、有力な払い下げ衣料品を扱う業者が3軒あったそうです。先輩からお聞きしたお話ではその三軒は『払い下げ三羽ガラス』と呼ばれていたそうです。
その中の一社が、後に初めての国産ジーンズを作り出したと言われている大石貿易(東京墨田区) であり、国産ジーンズの歴史を語る上で大変重要な『キャントン』『ビッグストン』『エバーブルー』といった創生期のジーンズブランドとジーンズ製造工場グループの全身です。

二社目は、マキノ商事(埼玉県大宮市)という会社だそうです。このマキノ商事という名前には皆さんあまり馴染みは無いかもしれません。アメ横には現在も『中田商店』さんという有名なミリタリーショップがありますが、米軍払い下げ衣料品の中には軍服が多数含まれていたはずなので、アメ横に現在でも本物の米軍払い下げ衣料品を扱っている中田商店さんがあるのは自然な事です。そして現在、本物の軍服と見分けがつかないほどリアルなミリタリーレプリカを生産されているメーカーとして『HOUSTON』というブランドが知られています。このHOUSTONブランドこそが、旧マキノ商事が立ち上げたオリジナルミリタリーブランドです。現在は、㈱ユニオン・トレーディング社として、以前から変わらぬコダワリのミリタリーアイテムを生産・販売されています。
おそらく米軍からの払い下げ衣料品を扱う中で、他社がジーンズ専業に進む道を選んだように、特に取り扱いの多かったミリタリーアイテムの専業メーカーを選ばれたのだと思います。
余談ですが、30年ほど前にマキノ商事さんが経営していた山形県の縫製工場に行った際に、マキノ社長様(当時)とお会いした事があります。たぶんすでに70歳くらいのご年齢だったかと思います。戦後日本の衣服の歴史に深く関与した偉人から直接、少しだけ昔のお話しをお聞きすることができたのは大変貴重な体験でした。

三社目は、当日アメ横にほど近い日暮里にあった『常見米八商店』です。当時の米軍の払い下げ衣料品は大変汚れた状態で入荷していたらしく、常見米八商店では汚れた衣服を洗濯してからアメ横のお店に卸していたそうです。
現在も、日暮里の常見米八商店があった日暮里の通りは生地屋さんや繊維問屋が並び、戦後からの名残を感じる事ができます。
常見米八商店ではアメ横に払い下げ衣料品を卸す際に「ジーパンをもっと持ってきてくれ。ジーパンが良く売れる」と言われていたらしく、払い下げ品の中でもジーパンをなるべく仕入れるようにしていたのだと思います。
以後、常見米八商店としても国産ジーンズを生産する事になり、1961年にエドウインが生まれました。
なお、EDWINの社名の由来は諸説あるそうで、『江戸で勝つ』ことを目指したブランド名であるという説や会社では『DENIMの文字を並べ替えてMをひっくり返した』と発表しているようです。ちなみに私が先輩からお聞きした話は、米軍払い下げ衣料品に関わっていた米軍関係者がEDWINという名前だったのでは?という説です。
昔の事を知る方からお聞きした話ですし、EDWINさんってアメリカ人では珍しくないお名前みたいですので、これが一番信ぴょう性があるように感じます。

続いて、私が先輩からお聞きした日本のジーンズ製造のヒストリーとなります。以下後編へ。

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