ジーンズの石の話。

久しぶりにジーンズを購入しようと思い、いろいろと探してみました。と言っても、携帯をポチポチしただけですが。私の好みは、シルエットはブーツカットで、ちょっとストレッチが入っているものです。最近だとLevi`s527の並行ものなんかを好んで穿いています。んで、そのあたりで検索してみました。

すると、ちょうど良さげなのを見つけました。そのジーンズはAmazon EssentialsというシリーズのAmazonプライベートブランド商品でした。

ウエストサイズも揃っていますし、レングスも1インチきざみでラインナップしています。しかも価格はなんと2500円程度というリーズナブルさです。

最悪、気に入らなければ返品もできるし、というくらいの気分でポチッてみたのでした。

 

さすがAmazon。翌日には届いたので、さっそく穿いてみました。穿きこごちは、まあまあです。シルエットはブーツカットというよりは、膝と裾が同寸くらいの感じでほぼストレートです。デニム生地は、ちょっと細めの番手の糸をしっかりと織っている感じで、オープンエンドにしてはザラザラしない肌触りで悪くないです。

 

そして、ポケットに手を入れたりしてみました。

すると、前ポケットの袋の中で何かコロコロしたものが触れました。

ポケットの中に入っていたモノ。それは、ジーンズをストーンウォッシュした時の石がポケットの中に残ってしまったものです。これはおそらく天然軽石です。

 

ジーンズ生産における最先端の加工技術としては、オゾン脱色やナノバブル、また、洗い加工前にレーザーで穿き古した感じを出すなど、水の使用量を極力減らし環境に配慮した加工がトレンドのように言われていますが、Amazonなどの大量生産の分野では、まだまだ石と水を使っているのだということがわかります。

しかし、このポケットの中に入っていた石は、そう簡単に済む話ではないのです。

ジーンズを購入するお客様が『あー、ストーンウォッシュだから石が入っているのね』という物わかりの良い方ばかりならば苦労はしないで済むのですが、一歩間違うと大変重大な事態へと発展します。

 

前置きが長くなりましたが、これからは、私が32年間の大手ジーンズメーカーで消費者対応の業務をしていた頃に経験したことです。

その前に、この話の重大なポイントとなる『PL法』についておさらいしておきます。

『PL法とは』

製造業に係る方ならば、何となく耳にしたことがあると思います。PL法とは『Product Liability Law』の略で、日本語では製造物責任法というのが正式な法律です。

PL法について正しい理解をしていない方がけっこう多いようですので説明しますと、『製造物の欠陥により人の生命、身体または財産に被害が生じた場合、製品の欠陥を証明することにより、その製品の製造者に対して損害賠償責任を負わせることを定めた法律。』と定義されています。

ちょっとわかりにくいと思いますのでザックリと雑に説明しますと『商品の欠陥が原因で怪我をしたり持ち物に損傷が発生した場合には、製造者や輸入者が損害を賠償する責任がある』という法律です。

つまり、商品そのものの不良や欠陥はPL法の対象ではないです。いわゆる『拡大損害』が発生した場合にのみPL法の対象となります。

ジーンズの拡大損害で代表的なものと言えば、濃色ジーンズのインディゴ染料が、車のシートやソファー、靴やバッグに付いてしまう『移染』です。私自身もワンウオッシュジーンズの染料がBMW M3の白いレザーシートに付いてシートが真っ青になったり、エルメスの白いバーキンが青くなったりして、自分自身も真っ青になった経験が何度もあります。

そして、ストーンウォッシュジーンズのポケットの中に残っていた小さな石ころ、これもPL法的にはその小ささに見合わない、強力な爆弾並みの被害(?)をもたらします。

 

【携帯電話事件】

お客様相談室の電話が鳴りました。消費者対応担当の女性社員が丁寧な口調で電話に出ると、お客様からのクレーム電話でした。お客様の口調から、かなりご立腹であることは想像できました。

お客様からの申し出の内容は、『ジーンズのポケットの中に石が入っていて、ポケットに入れていた携帯電話に傷が付いた』というものでした。

これはもう、完全にアウトです。ジーンズのポケットに石が入っているというのは一般的には全く想定できない状況であり、その石でお客様の所有物に傷がついてしまった(拡大損害)という、PL法ストライクど真ん中とも言える事態です。

ちなみに当時はまだスマホは登場しておらず、ガラケーを使用している時代でした。おそらくスマホであればケースに入れている方や液晶保護フィルムを貼っている方が多いと思いますので、あまり重大な事態にはならないだろうと思いますが、当時、ガラケーにカバーを付けるということはなかったと記憶しておりますので、携帯というのはけっこう傷が付きやすい物だったと思います。(同様のクレームは数回ありました。)

 

確か、お客様の要望は『携帯電話を新品と交換して欲しい』ということだったと記憶しています。しかし、携帯電話というのは当時も高額なものでしたし、そもそも携帯電話というのは内部データが重要なものなので、ただ新品と交換すれば良いというものではありません。

かなりご立腹のお客様と電話で何度もやりとりをして、このクレーム案件の落とし所を探りました。そして、優秀なお客様対応担当課員がみつけてきたのが、携帯電話の外側のカバーを交換するというものでした。

当時、ガラケーというのはカバーだけを交換できたのです。価格は正確には覚えていないですが、確か5000円程度だったと思います。

お客様に丁寧に説明して、ご自身で携帯ショップに行ってカバー交換をして頂き、領収書を 送付して頂いてその費用をお客様の口座に振り込んで、解決となりました。

ポケットの石については、他にもいろいろなモノが傷ついて問題になりました。高額なものではカルティエだったかダンヒルだったかの金ピカのライターや高級ブランドのレザーの財布などもあり、対応に大変苦労した記憶があります。

 

お客様の中には、製造業に関係する方もたくさんいらっしゃいますので、クレームの申し出の際に『これってPL案件ですよねー』などと言われる場合もあります。こうなるとお客様も専門知識を持っている可能性が高いので、メーカー側は無力です。

なお、メーカーや小売店の方の中には、『いやいや、そのために製品に【小石や砂などが混入している場合がありますのでご注意ください】と注意表示の下げ札を付けています』とおっしゃる方もいるのですが、そもそもジーンズのポケットの中に小石や砂が入っていること自体がアウトなので、PL法的には注意表示は免責にはなりません。

『それではなぜ注意表示を付けているのか』と疑問に感じる方も多いかと思います。

その理由としては、そもそもPL法が施行された1995年にPL法における『欠陥』の解釈範囲として

◎ 製造上の欠陥

製造・管理工程に問題があることで、設計仕様どおりに製造されず、製品に安全性の問題がある場合

 

◎ 設計上の欠陥

設計自体に問題があることで、製品に安全性の問題がある場合

 

◎ 警告上の欠陥

製品パッケージ、説明書、製品本体にある使用上の指示や警告が不十分な場合

と規程されているからです。

 

つまり、使用上の指示や警告が不十分な場合には【表示】も製品の一部として対象になると規定されているだけで、注意表示が付いているから責任を免れるということではないというのが正しい解釈であろうと思います。

以下、消費者庁Q&Aより転載です。

Q【この法律には、製造物についての注意表示を義務付ける規定はありますか。】

A  【この法律には、製造物等について何らかの表示を義務付ける規定はありません。注意表示に関する規定もありませんが、注意表示の欠如が欠陥に当たると判断される場合もあります。

なお、一般論として、安全性の確保のため、安全に製品を使用できるような注意表示をすることにより、製品販売後の被害の発生・拡大の防止に努めるようお願いします。】引用元 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/pl_qa.html#q10

 

もちろん、お客様の中には『購入したときに付いていた下げ札に石が入っていると書いてあったから仕方ない』と思って申し出をされない方もいらっしゃると思います。また、お客様対応において「注意表示を付けておりますので、お客様に十分ご注意頂く必要があります」と話してご理解頂けるケースもあるかと思います。

注意表示を付ける必要がないとか、意味がないと言っているつもりはありませんので、その点はご理解ください。あくまでも『法律的な効力はほとんどない』ということです。

 

30年以上ジーンズメーカーに在籍して、PL法にかかわるような重大案件を何度も経験しました。まさかの超高額スーパーカーが二子玉川駅前に登場した案件や、保険会社の担当者と共にプロのクレーマー(何もない状態から事件を作り上げて法律的に正当な形で賠償を受けるペテン氏)と戦った事例など、様々なケースを経験しました。

そのあたりも、またの機会に書き残しておこうと思っています。

内容について、ご意見や ご質問などありましたらお気軽にご連絡ください。

*上記の知識を利用しての悪用は禁止です。(笑)

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