JEANS MEISTER.小泉 ジーンズを買うの巻 5 前立て天狗編

JEANS MEISTER.小泉 ジーンズを買うの巻 5 前立て天狗編

ブログ『JEANS MEISTER.小泉 ジーンズを買うの巻 1.取扱絵表示編  2 .ベルト付け編 3.コインポケット編 4.スソマキ編  と今までに4回を書いてきました。とても興味のあるほんの一部の方と、ぜんぜん興味が無い大多数に分かれる事と思いますので (笑) 途中で番外編として チャーさんのジーンズの話 や突然入ってきたエドウインの工場のニュースなどを受けて 秋田の工場の話 などを挟みましたが、今回は懲りずに『JEANS MEISTER.小泉 ジーンズを買うの巻 5』を続けさせて頂こうと思います。

ジーンズに限らず、前開きでファスナー(ジッパー)が付いているスボンには、〝前立て〟と〝天狗〟が付いております。まあ、〝前立て〟という名前は何となく前のタテの部分なので意味は分かりますが、〝天狗〟というのは一体何なのでしょうか。。

〝天狗〟というのは私が在籍していた会社のオリジナルな呼び方なのかと思い、先輩社員に聞いた事があります。すると先輩社員が「紳士服のテーラーなどで一般的に使われている名称である」と教えてくれました。私もアパレルの学校を卒業しているのですが、聞いた事は無かった気がします。またはあまり真剣に授業を聞いていなかっただけかもしれませんが。(;^_^)

ちなみに紳士服の天狗というのは元々はこんな感じだったらしく、この形が〝天狗の鼻〟のようだと言われれば、なるほど!という感じですね。

(紳士服の天狗)

(天狗です。)

 

ちなみにジーンズの天狗はこんな形をしています。すでに全然天狗っぽくは無いですが。。

(ジーンズの天狗)

 

なお、海外生産を行う際に、英語で仕様書などを作るときには、天狗は〝a long‐nosed goblin〟(鼻の長い化け物)とは言わず(一応ジョークのつもり。笑)上前側の前立てを〝Left Fly〟下前側の天狗を〝Right Fly〟と記載する事が多いようです。

さて、本題に戻り、私が購入したLevi’sのブラックジーンズなのですが、前立てと天狗はこんな感じです。

これを見て気づいた事は

① 前立ての下が折り込まれている。カーブでは無い。ファスナーはチェーンファスナーが使用されている。

② 前立に接着芯を貼っていない。

③ ファスナーはYKKの5YGが使用されている。

 

これくらいでしょうか。

まず ①の『前立ての下が折り込まれている。』ですが、この部分はぜひご自身がお持ちのジーンズをひっくり返して見てみてください。どんな形をしているでしょうか? 実は、前立ての形には以下の二種類があるのです。

Aタイプは前立て布の下がカーブ状になっていてロックミシンがかかっているタイプです。

【こちらをAタイプとします。】

 

Bタイプは前立布の下が直線にカットされていて、生地端のボサが出ないように折り込んでいるタイプです。

【こちらをBタイプとします。前立て下は折り込まれています。】

Aのカープタイプは、日本のジーンズメーカーはほとんど全てがこの形だろうと思います。カープ形状にロックミシンがかかっているので、Bのタイプよりもキレイに見えます。では、何で前立ての下がカーブになっているかと言うと、『Bタイプでは無いから』なんです。ちょっと分かりにくいかな~。(^^;

ではBタイプはどんなモノなのかと言うと、ファスナーのテープがロール状につながっている、チェーンファスナーというものが使用されているのです。この場合、ロールケーキをカットするみたいな感じに、ロールのままスライスしたテープ状の前立て布に、ファスナー(チェーンファスナー)を一緒に連続して自動ミシンで縫い付けて、後からジーンズのサイズに合わせてカットします。

工程が前後するかもしれませんが、前立て布の生地端のオーバーロックも、ロール状なので自動ミシンで連続して縫製します。なので、オーバーロックは直線状にしかかけられず、カットした前立て布の上下にはロックがかかっていない状態となります。前立て布の上側はベルトの中に入ってしまうので問題ないとして、下側はカットした生地端が出てしまっているので、前立ての2本針ステッチを縫う際に裏側で生地端を折り込んでいるのです。

なお、私が購入したLevi’sのブラックジーンズの場合には前立て2本針で折り込んで、下側のボサが見えないようにしてありますが、以前には前立て下を直線にカットして、ボサがそのまま出ているジーンズも見た事があります。

では更に考察して、なぜLevi’sのメキシコ製ジーンズにはチェーンファスナーが使用されているか、なのですが、大きくは二つの要因があると思います。

ひとつは、おそらくLevi’sのメキシコの工場はかなり大きい規模なので、生産するジーンズのスタイルやサイズごとにYKKさんにファスナーをサイズ単位で注文するのがすごい大変ですし、サイズで作られているファスナーを使用するよりもチェーンで購入して縫製工場でジーンズに合わせて作ったほうが、コストがかなり低いからだと思います。

このジーンズをじっくりと見てみると、ある事に気づきます。それは、『ファスナーの上止め金具が無い』という事です。サイズで作られているファスナーの場合、スライダーが抜けないようにファスナーのムシ(エレメント)の上下に四角い金属パーツが付いていて、スライダーが抜けないように止めてあります。しかし、チェーンファスナーの場合には後からスライダーを入れているので、上止め金具があったらスライダーは入りません。また、上止めが無くても、ムシのギリギリまでテープがベルトに入っているので、スライダーが抜ける心配は無いワケです。この『上止めが無い』というのはチェーンファスナーの特徴かと思います。

二つ目の要因ですが、米国のLevi’s社は1980年代から、ファスナー工程の自動化の研究を進めていたという事が挙げられます。1980年代当時は、まだLevi’s社がアメリカ(メキシコ含む)でジーンズの縫製を大量に行っていた時代だと思いますが、当時、同社はジーンズの縫製の生産性を向上させるための開発に力を入れており、ファスナー付け工程の自動化も積極的に進めておりました。私がLevi’s社とYKKさんが共同開発していたファスナー工程の自動機を始めて見たのは、おそらく1985~87年くらいだったと思います。正確には覚えておりませんが、そのマシンは、前立てにファスナーを付ける工程やスライダーを入れる工程、カットする工程などが連続して無人で行われるもので、全体が小部屋くらいのボックスに入っていたように記憶しています。

そのマシンを見た時には、Levi’s社の開発力に大変刺激を受けました。そして『さすが世界ナンバーワンのジーンズメーカーだな。でも、いつか日本が追いつく時が来るのだろうな』と考えていました。

残念ながら、その後のLevi’s社はアメリカ国内での生産がほとんど無くなり、技術開発による生産性向上よりも人件費の低い国での生産という方向に方針が変わっていきました。おそらくそれまで進んでいた生産設備の開発もそれ以降は進まなかったのだろうと思います。

しかし、今回私が購入したブラックジーンズを見て、チェーンファスナー付けの縫製は現在も行われている事を知りました。現在、どのような設備を使用しているのか知る方法はありませんが、この縫製仕様を見た限りでもかなり独自開発したマシンや工程で行われているのだろうと想像できます。

 

② 前立布に接着芯を貼っていない

皆さんがお持ちのジーンズの前立布の裏側を見てください。裏側に接着芯が貼られているでしょうか?

もしも貼られているとすれば、そのジーンズの生産には、とあるジーンズ一派が関わっていると考えられます。(忍者か。。笑)

その一派出身の人間は、とりあえず前立布に接着芯を貼ってしまうという習性があります。私はいろいろなブランドのジーンズをショップで見るときに、とりあえず前立布の裏側を見ます。もしも接着芯が貼られていたら、それは私と同じ流派の人間が生産に関わっているという証拠です。ちなみに以前は某超大手SPAさんのジーンズにもギャルに大人気の某ブランドさんのジーンズにも接着芯が貼られていました。(笑)

なぜ前立布に接着芯を貼ってしまうのかというと、それは今から25年くらい前に、大きな問題が発生したからでした。当時、ジーンズの洗い加工はかなりハードなものが主流で、ストーンウォッシュの時間は60分とか長いものだと90分なんていうのもありました。その頃はまだバイオ(セルラーゼ酵素)が使用されておらず、現在と比べるとかなりストーンウォッシュの時間が長かったのです。

また、当時のデニム生地の流行はかなり激しい表情だったため、デニムには『強撚糸』という文字通り撚りを強くかけた糸が使用されていました。強撚糸を使用する事で、ストーンウオッシュすると独特のシボ感が出て、そのようなジーンズがとても人気がありました。

しかし、ある時、突然に大量の不良品が発生しました。それは、洗い加工した際に前立布のロックが滑脱してしまうという状態で、前立布の生地端のロックミシンの部分がザックリと抜けていました。

この問題は、使用していた生地の糸が強撚糸だった事も大きな要因だったと思います。

また、これはアパレル企業でジーンズなどに関わる方はぜひ覚えておいたほうが良い部分なのですが、『生地が一枚でオーバーロックがかかっている部分は、ロックが抜ける事が多い』という事です。特に前立布の縦の生地端などは経糸に平行にロックがかかっているので、ズボッと行きやすいのです。

似たような部分だと、オーバーオールなどの胸ポケット布の端にオーバーロックをかけてポケット口を二つ折りして、2cmステッチなどを入れた場合にもロックが一枚布にかかっているので滑脱しやすいです。なお、ロックする生地端部分がバイアスになっている部分であれば、生地の織りに対して斜めにロックが入るので、簡単には滑脱しません。

 

そして、前立部分の滑脱を防止できる方法として考案されたのが、『前立布に接着芯を貼る』という方法でした。接着芯を貼ってしまえば滑脱は発生しません。

その後、そちらのジーンズメーカーでは、全てのジーンズの前立布の裏側に接着芯を貼る事になりました。当時、縫製工場ではちょうど良い芯貼り用のプレス機を保有していなかったので、前立布に接着芯を貼るために一括して数十台の芯貼用ローラーブレス機を導入しました。

このような経緯で、前立布に接着芯を貼るという仕様が生まれ、いろいろな所に波及していきました。

しかし、現実的には、前立布が滑脱したのは『たまたま』強撚糸を使用したデニムを長時間ストーンウォッシュ加工したからとも言え、全てのジーンズの前立てが滑脱するワケではありません。また、その問題が発生した後にバイオ(セルラーゼ酵素)の使用が一般的になり、ストーンウォッシュ加工の時間を半分以下にしても同等のアタリ感が出せるようになりました。

そのような事から、本来であれば昨今では前立布に接着芯を貼る必要性はほとんど無くなっているのですが『とりあえず前立布には接着芯を貼っておく』という習性が残っているのです。ですから、メキシコ製Levi’sのジーンズの前立には接着芯が貼ってなくて当然なのでした。

ジーンズの前立天狗の作り方だけでも、ずいぶん色々な方法があるものですね、各ジーンズメーカーが、品質へのこだわりや不良品大量発生といった経験を経て、様々な考えが生まれて仕様の違いとして現れているのだと思います。皆さんもぜひ、ご自身のジーンズの前立布の裏側をチェックしてみてください。(^^)

以上で『JEANS MEISTER.小泉 ジーンズを買うの巻 5 前立て天狗編』を終わりとします。

『ファスナーにはYKKのYG5が使用されている』という部分はまたまた長くなりそうですので、次回とさせて頂きます。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。次回『『JEANS MEISTER.小泉 ジーンズを買うの巻 6 ファスナー編』に続きます。