ジーンズらしさを演出する大切な役目の『糸』。似たような糸に見えますが、ジーンズにはいろいろな糸が使われています。糸の進化がジーンズの進化のために重要な役割を果たしてきました。

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ジーンズの糸について

ジーンズの特徴的なディテールのひとつとして、デニムのブルーに映える金茶色のステッチは欠かせないものだと思います。

いわゆるビンテージジーンズの時代には、ジーンズに使用されているステッチ糸の材質は綿(コットン)でした。

その後、1980年代半ばより、ストーンウォッシュジーンズの開発が始まりました。

ストーンウォッシュ開発当初、ジーンズを軽石と一緒にネジのバリ取り機に入れて研磨するなど【当HP「WASH-洗い加工-」に詳しく書いております】かなり激しい加工をしたところ、できあがったジーンズはボロボロになってしまいました。特に、ステッチなどの糸はブツブツと切れ、ジーンズがバラバラになってしまうほどでした。

当時、ストーンウォッシュジーンズの開発を完成させるためには、ストーンウォッシュ加工に耐えるデニム生地の開発と同じくらい、ストーンウォッシュ加工に耐えられる、従来にはなかった強度を持つステッチ糸の開発は重大な課題でした。

その後、日本が誇る優れた開発力を持つ、東洋紡、日清紡、その他の国内大手紡績メーカーにより、ジーンズ専用のステッチ糸の開発が進みました。

1984年にエドウイン社がドイツ・ケルンメッセで行われたジーンズの国際展示会でストーンウォッシュ加工のジーンズを発表し、世界から高い評価を受けたことは他の項目で述べていますが、日本がストーンウォッシュジーンズの開発を成功させた背景には、洗い加工工場やジーンズブランド、デニム生地のメーカーの開発だけでなくジーンズ専用ステッチ糸の開発も大きな要因としてありました。

ストーンウォッシュ加工に対応できるステッチ糸が開発されなければ、日本からストーンウォッシュ加工が開発されることはなかったとも言えます。

糸の基本

ジーンズ専用糸について詳しく説明する前に、プロ(職業としてジーンズに関わる人やアパレルの生産に携わる人)として最低限知っておくべき『糸とは何か』について、わかりやすく説明します。

なお、以下の説明にでてくる【ティッシュペーパーを使用した紡績糸の説明】は、私が文化服装学院で学んだ素材学の授業で、講師の方が用いた説明の方法だったと記憶しております。

紡績糸とは何か?

紡績とは、解りやすく説明すると『糸を紡ぐ』ことです。では、紡ぐとはどんなことかと言うと『短い繊維を撚り合わせて一本の長い糸にすること』です。

以下に、ティッシュペーパーを使用した紡績糸(スパン糸)の作り方を説明します。

①ティッシュペーパーを一枚用意します。

②ティッシュペーパーを幅2~3cmに切り裂きます。

③裂いたティッシュペーパー2枚の上端と下端を5cm程度重ね合わせます。

④合わせたあたりを両手の手のひらで挟み、左右の手で糸に撚り(より)をかけて二枚のティッシュペーパーの端をつなぎ合わせます。

⑤連続して、切り裂いたティッシュペーパーをつないでいくと、一本の長い糸になります。

つまり紡績とは、長さが短い繊維を撚り合わせながらつなぎ、長い糸にすることです。撚り合わせる事を『糸を紡ぐ(つむぐ)』と言います。

以上の説明では例としてティッシュペーパーを使用していますが、アパレル製品やミシン糸として使用する場合には、短い綿(コットン)の繊維やポリエステル・ナイロン等を短繊維状にしたものが原材料として使用されています。

ジーンズ専用糸の種類について

【スパン糸】

1980年代初頭にストーンウォッシュ加工が開発されるまで、ジーンズの縫製にはコットン糸(綿100パーセントの紡績糸)やポリエステルスパンが使用されてきました。

スパンとは、前ページのティッシュペーパーを使用した説明のとおり、短い繊維を撚り合わせて作られている糸の総称です。原材料はボリエステルやナイロン、コットンなどの短繊維であり、ボリエステルとコットンなど複数の原材料を混ぜ合わせた繊維を混紡糸と呼びます。

テトロンとは、ポリエステルの別名(企業の商品名)であり、同じ物と考えてよいと思います。スパン糸は、原材料がポリエステルであっても、短繊維を撚り合わせているのでコットンのような自然な毛羽立ち感と風合いがあります。

≪スパン糸 単糸 イメージ図(*資料提供:キンバスパン)≫

【フィラメント糸】

前述の『スパン糸』とは全く違う製法で作られた糸です。

分かりやすく説明するとチューイングガムのようなもので、柔らかくなったガムを引っ張って伸ばして細くしたようなイメージです。つまり、それ自体が一本の繊維であり、高温でドロドロに溶かしたポリエステルなどの石油系原料をノズルから噴き出して糸の形状にしています。また、シルク(絹)とは、蚕という虫が口から吐き出す自然界唯一の天然フィラメント糸です。

長繊維ならではの光沢感があり、スパン糸と比較して強度が高いです。

≪フィラメント糸 単糸イメージ図(*資料提供:キンバスパン)≫

【コアヤーン】

コアとは『中心』を意味し、ヤーンとは一般的に『短繊維を紡いだ糸』を意味しています。コアヤーンとは、糸の中心にポリエステルのフィラメント糸(長繊維)が入っており、コアの周囲にコットンの短繊維を巻き付けてあります。

ジーンズの洗い加工では軽石やセラミックなどを用いて研磨するため、ステッチ糸にも激しい力がかかり、スパン糸が耐えらず切れてしまうことが多々発生します。

そのために、コアヤーン糸はステッチ糸と同じ色のポリエステルフィラメント糸を芯に一本入れて、その周囲にコットン短繊維を巻きつけて作られています。

コアヤーン糸は、表面はコットン糸と全く同じようにみえ、毛羽立ち感がみられます。コアヤーンとコットン糸は、ジーンズのステッチとして使用された場合には、ほとんど区別がつきません。

また、ジーンズのステッチ糸にコットン糸が使用されていた時代には、ジーンズを長期間着用していくとステッチ糸も色落ちが発生して、それもジーンズの特徴のひとつとなっていました。

昨今ではジーンズ専用糸の開発が進み、コアヤーンの表面を覆うコットンの染色堅牢度をあえて低くして、色落ちしやすく染色したコアヤーンも開発されています。

コアヤーン糸は、芯にポリエステルフィラメントを使用しているため、スパン糸以上の強度があり、表面にコットン短繊維をカバーリングしていることからコットン糸と同様の風合いや色落ちを併せ持つという、ジーンズ専用糸として大変優れた性質を持っています。

なお、コアヤーン糸は製造工程において生成コアを二浴染め(コアのフィラメント糸を染めて、その後にコットン糸を染める2工程)となっており、コットン糸やスパン糸の倍以上の生産工程となります。

≪コアヤーン 単糸イメージ図(*資料提供:キンバスパン)≫

糸の種類と特徴は「表」のようになっています。それぞれの糸に特徴があり、価格にも差があるため、ジーンズを生産する際のコンセプトや価格帯により使い分けられていることが多いようです。

一般的に、低価格帯のジーンズにはスパン糸が多用されており、高価格帯(有名ジーンズブランド)ではコアヤーンが使用されていることが多いです。

また、一部のビンテージレプリカジーンズなどでは、コットン糸の強度が低いため糸切れが発生しやすいこともビンテージの魅力として、あえてコットン糸を使用している場合もあります。

ただし、コットン糸のステッチは強度が低いためストーンウォッシュ加工には耐えられませんので、ビンテージレプリカジーンズは未洗い(生・リジッド)や水洗いなどで販売されることが一般的です。

≪表:糸の種類と特徴≫

糸の番手について

糸の番手は、数字が小さいほど太く、大きいほど細くなります。ジーンズに多用されているのは、「20番手」や「30番手」の比較的太い糸がほとんどです。

この項目の最初に書きましたが、ストーンウォッシュ加工が開発された当初はステッチ糸には「8番手」という更に太い糸が使用されていました。また、ジーンズの流行において、数年(20年くらい?)に一度、さらに太い「1番手」や「0番手」という、馬具や革靴などに使用される極端に太い糸が使用されることがあります。

1980年代にストーンウォッシュ加工が開発され、激しい洗い加工に耐え、よりジーンズらしさを強調するという目的もあり、「20番手」よりも太い「8番手」が多用された時期もありましたが、現在では「8番手」はほとんど使われず、傾向としては「30番手」くらいの細めのステッチ糸が主流のようです。

≪キンバコア K-8シリーズ(*写真提供:キンバスパン)≫

ジーンズの縫製部位と糸の種類について

上記で述べているように、ジーンズに使用される糸には大まかに【スパン糸】【フィラメント糸】【コアヤーン糸】の3種類が代表的なものとして使用されています。

これらの糸には、特性により優れた部分と劣った部分があり、ジーンズの縫製においては部位ごとに使い分けることによって、それぞれの優れた部分を有効に使用することができます。

以下の糸の使い方は私がジーンズの生産を30年間以上経験し、ベストであると考えている仕様です。

【ジーンズの表側に見える金茶色のステッチ糸】→「コアヤーン」

表から見えるジーンズの特徴ともいえるステッチ糸は、コットンの毛羽立ち感を持ち、コア(芯)にフィラメント糸が入っているコアヤーンを用いるのがベストだと思います。

最近では、表面のコットンの染色堅牢度をあえて極端に落としてコットン糸と区別がつかないような雰囲気の良いコアヤーン糸も開発されています。

≪表側のステッチにコアヤーン8番手を使用≫

【尻中心や山ハギ(バックヨーク)のステッチに用いられる環縫い(チェーンステッチ)の下糸】→「フィラメント糸」

ジーンズの洗い加工が開発された初期において、最も糸切れが発生したのが環縫いの下糸でした。環縫いの構造上、環縫いの裏側は糸がデコボコになり、ストーンウォッシュ加工の石が一番強く当たりダメージが発生しやすい場所でした。

糸切れを解消するために何か新しい糸はないかとジーンズメーカーと糸メーカーが試行錯誤し、当時はまだジーンズに使用されることのなかったフィラメント糸を使用することにより糸切れが大幅に減少しました。フィラメント糸とは、当時主に靴やバッグ、車のシートなどに使用されていた糸でした。

ジーンズ専用糸の開発を手掛けた糸メーカーは、フィラメント糸のカラーを上糸の金茶色と会わせたラインナップを開発し、【キンバ ポリエステル フィラメント=KPF】などのジーンズ専用フィラメント糸が開発されました。

≪環縫い(チェーンステッチ)の下糸に フィラメント糸30番手を使用≫

【地縫いや縁かがり】→「スパン糸」

前述していますが、同じようにみえるジーンズ用のステッチ糸でも材質によって価格が大きく異なります。例外もあるかもしれませんが、原材料の価格や製法から考えるとコットン糸やコアヤーンは高価格であり、スパン糸は低価格になります。

ジーンズの縫製仕様においては、表面にみえるステッチには風合いの良いコアヤーンなどを使用し、表にみえない地縫いの部分(本縫いやインターロックの環縫い)や縁かがり(オーバーロック・インターロックのかがり糸)についてスパン糸を使用することは、製品の材料コストを抑えるために大変有効と言えます。

≪インターロックの地縫いと縁かがりにスパン糸30番手・50番手を使用≫

現在のジーンズは、作業着としてのジーンズやファッショナブルなデザイナージーンズ、コダワリのビンテージレプリカなど多様化し、とてもバリエーションが多くなっています。私がここまでに説明した内容は、ジーンズ専用糸の使い方の一例であり、生産される国や地域、ブランドにより全く異なる部分もあると思います。

私が『ジーンズ専用糸』としてこの項目で述べたことは、私が32年間の経験において、糸のメーカーやジーンズ工場と一緒に試行錯誤した結果であり、私以上に経験を積んでもっと高いレベルでジーンズの糸仕様を理解されている方もいらっしゃると思います。この点は、なにとぞ理解くださいますようお願い致します。

私の知識や経験がジーンズ生産にかかわる方に、少しでもお役に立てれば嬉しいです。