EDWINの工場の話

最近、ジーンズ業界と日本の繊維業界にとって残念な知らせがありました。エドウインが秋田ホーセグループ4工場を閉鎖すると発表しました。秋田ホーセグループとは、五城目本社工場、大川工場、秋北工場、小坂工場。

私の古巣でもありますので、少しエドウインの工場の思い出話を。

正確な記憶では無いですが、確か2000年くらいかな。当時東洋紡にいらした小島さんが『ケプラーよりも強い糸』と言ってアラミド繊維の〝ザイロン〟を持って来ました。ケプラーとは本当か嘘かは知りませんが『防弾チョッキに使われている』というくらい強い繊維だそうで、東洋紡の小島さん(当時)と親しかった私の上司であったジーンズゴッド小林さんが「ザイロン糸でジーンズを作ろう❗️」と意気投合してしまい、〝ザイロンデニム〟という生地を作ってしまいました。


そして、世界初のザイロンデニムが完成して、秋田ホーセに送られてきたんです。
しかし、ここからが問題なワケです。
そのデニム生地は、緯糸の10本〜20本に1本くらいザイロン糸が打たれている感じの生地で、裏側には黄色いザイロン糸が見えていました。

この生地『裁断できるの^^;』 そりゃそうです。防弾チョッキに使われるほど強い繊維が、ジーンズの生地として裁断できるのか。。

試験反を試しにカットしてみました。結果としては、生地の裁断はできました。その要因としては、秋田ホーセ五城目本社工場にはドイツガーバー社の超ヘビースペックCAM(自動裁断機)が導入されており、しかもカーシート用などで使用される事の多い機械を更に補強して改造してありましたので、マシンスペックが一般的なアパレル用とは桁違いにパワーがあったのです。

更に、わざわざ特注で、CAMのナイフを『超硬刃』という特殊金属で作ったりして、ザイロンが裁断できるように準備を進めていました。

このように裁断までは比較的に順調に進んだのですが、問題はむしろこの後でした。
ジーンズの縫製工程というのは、途中でけっこうカットする部分が多いのです。例えば、ヤマハギを巻いた後に尻を巻く時とか、ベルトを付けた後に余ったベルトを切る工程とか。そして、縫製ラインで、全く切れないんです。ザイロンデニム。。
そりゃそうです。『世界で一番強い繊維』と言われるザイロンは、普通のハサミ程度では切れません。ハサミでザイロンデニムを切ると、デニムの綿糸だけが切れて、黄色いザイロン糸が繋がっているという状態でした。

あとは、ボタンホールの穴なども、穴かがりミシンのメスでカットします。
これらの、縫製ラインでカットする工程では、ほとんど切れなかったのです。

しかし、こういう場合の対応力こそが当時のエドウインの工場の凄いところでした。インターロックのカッターも、穴かがりのメスも、特注の超硬金属で作り、影響がある部分は縫製仕様を見直したり、ミシンを改造したり。
そして、試行錯誤とチャレンジスピリットにより、ついに世界初のザイロンデニムのジーンズが完成したのでした。

《ザイロンジーンズ EZ-503》

《生地の裏面に見える黄色い糸がザイロン繊維》

そのジーンズは、Levi’sの真似でもビンテージの焼きなおしでも、どこかのジーンズのコピーでも無い、本当に世界でオンリーワンのジーンズで、エドウインが独自に開発したそれまでの世の中には無かった全く新しいジーンズでした。

当時、日本国内で名実ともにナンバーワンのジーンズブランドだったエドウイン渾身の新商品ザイロンジーンズは、日本全国500店舗以上のジーンズショップより大量の発注が来ました。 
そしてザイロンジーンズの生産が秋田ホーセ五城目本社工場で始まった頃、誰とも無く言い始めました。


『ザイロンジーンズって、店頭で裾直しする時、切れるんですかね。(゜o゜)』

そうなんです。大変良いところに気がつきました。前述の通りザイロンデニムは、普通のハサミでは切れないんです。

一般的に、日本のジーンズショップさんでは、お客様が試着して、ちょうど良い長さに裾直しして販売するモノなのですが、ザイロンデニムは切れないので裾直しできません。
しかし、ザイロンジーンズはエドウイン 渾身の新商品ですので、今さら販売しないというワケにはいきません。

ちょうどその頃、秋田ホーセでミシンに取り付ける超硬刃の製作について相談をさせて頂いていた会社が、ハサミの世界ではトップクラスの開発力・技術力を持つARSコーポレーションというハサミのメーカーでした。
そして、ARSコーポレーションさんでは東洋紡さんとの取り組みにおいて、アラミド繊維を裁断できるという凄いハサミを開発していたのでした。

アラミド繊維が切れるハサミとは、繊維を断ち切る際にアラミド繊維がしっかりと保持されるように、刃に細かいギザギザが入っていました。そして、独自開発の超硬金属の鋭い刃で繊維を断ち切ります。

 

このハサミ、大変素晴らしい性能ではありましたが、かなり高額でした。しかし、ザイロンジーンズを販売するためには、店舗でこのハサミを使用してもらうしかありません。

それから間もなくして、小林さんが私に言いました。
「ザイロンジーンズ用のハサミをARSコーポレーションに500丁注文しよう。」

ちなみに先ほどネットで調べてみたら、そのハサミは現在も販売されていました。販売価格は一番安くても17,000円くらいします。なぜだか高いお店では59,000!もします。

アルスコーポレーション クラフト370

ARSコーポレーションの方も、発注したら大変驚いておりました。
おそらく、価格的にも用途的にもそんなにたくさん売れるモノでは無いでしょうから、500丁なんて在庫も無いでしょうし。

たしか、記憶ではARSコーポレーションさんに頑張って頂いて3ヶ月くらいで用意して頂きました。
ハサミがワタシのところに届き次第、全国の営業所経由でジーンズショップさんにお届けしました。
もちろん、費用は全てエドウイン 持ちです。おそらく販促品扱いにしたのだと思います。

その後数年して、ザイロンジーンズのプロパー商材としての生産販売が終了してからも「ザイロンジーンズが欲しい」という問い合わせは多かったようです。
たしかその頃は(記憶が間違えているかもしれませんが) ザイロンデニムは自衛隊とのコラボレーションのジーンズとして自衛隊内部のお店や通信販売されていたのと、バイクの世界では超有名なクシタニさんの別注商品として取り扱われていました。

いつだったか、新東名清水NEOPASAで休憩した際に、クシタニさんのショップがありまして、ショップのスタッフさんとお話しした事があります。そのスタッフさんもザイロンジーンズを愛用されており、バイカー(オートバイに乗る方たち)の皆さんの間ではかなり人気があると話して頂きました。

あまりあってはならない事ですが、バイクの運転中に転倒して道路に膝などを打ち付けてもザイロンジーンズは破れません。生地強度の項目として、引裂き強さや摩耗強さは繊維製品の試験機では計測不可能なレベルなくらいの強度だったのです。

故小林氏の『世界に無い新しいジーンズを作る』という理念と、それを形にするデザイン生産スタッフ、そして何より本社の無謀な()アイデアに全力で応える優れた自社工場。 特に秋田ホーセはエドウインの自社工場第一号工場として、エドウインがビッグジョンやボブソンに比べたら全く無名だった時代からエドウイン本社と共に国内ジーンズ業界トップになるまでの歴史を作ってきた素晴らしい工場でした。

UQさんのLAジーンズR&Dセンターで活躍しているM君も、ドクターデニムさんも、今では超人気ブランドとなっているハイクのY君も、モンスターのA君も、その他にも数えきれないほどのジーンズマイスター達が秋田ホーセで社会人としての第一歩を踏み出し、ジーンズの生産の全てを学び、そして世界中で活躍しています。

今回の発表は本当に残念ではありますが、秋田ホーセで研修した頃の下宿生活のつらい思い出や()日本のジーンズ業界に対して秋田ホーセが果たした役割は、みんないつまでも忘れないと思います。

秋田ホーセ、秋北ジーンズ、小坂ジーンズの社員のみんな、長い間、本当にお疲れさまでした。

みんなの元気な顔を見に、また秋田に行きますね。(^^)

 

最後に、秋田ホーセとエドウイン自社工場を心から愛していた方(^^)

故畠山工場長(顧問)

 

2021611日 ジーンズマイスター小泉 

 

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