ジーンズの糸切れについて
つい最近の事です。仕事仲間よりデニムアイテムの不良品について相談が入りました。写真のやつです。あー、これです。おそらくジーンズ業界に30年以上かかわって、すでに3回目くらいのやつです。
デニムアイテムを企画生産する方たちにとって、必ず通過するであうと思われるリーバイスGジャン1stや2ndモデルのコピー。(レプリカとも言う) たぶんデニムGジャンの中では一番人気の高いアイテムです。ディティールの特徴はフロント切り替え部分のプリーツ状に折りたたまれている部分です。この部分が何でこんなふうになっているのかは良く知りません。動きやすいようにアクションプリーツになっているのならば、四角く縫って止めちゃわないほうが良い気がするのですが・・
それはさておき、この仕様でやたらと頻発するのが、このプリーツを止める四角い縫製部分の洗い加工による糸切れです。本当に、すでに3回目くらいの経験です。まあ30年も同じような事を繰り返しているジーンズ業界では珍しい話ではありませんが。
糸が切れるほどの強い洗い加工が施されているのですから補修もミシンでダダッと縫うだけで済むと思いますし、それほど難しい補修ではありません。
しかし、なんでしょっちゅう発生するのか、説明しておきたいと思います。
まず、ここはストーンウォッシュ加工すると大変切れやすいところなんです。このプリーツの止め部分に限らず、ジーンズというのは厚みの段差部分で糸切れが発生しやすいのです。この理由には大きくふたつあります。ひとつは『段差部分にストーンウォッシュの石が特に強く当たる』という事。ストーンウォッシュ加工したジーンズをじっくりと見てみてください。例えば脇のヨークの段差あたりとかお尻のヨーク合わせ部分などを見ると生地がすり減るほどアタっていると思います。この理由を突き詰めて考えた事はないのですが、間違いない事実です。
もうひとつの理由は『段差部分でミシンピッチが大きくなったり糸調子が緩んだりする』ためです。これは普通の本縫いミシンを使用している以上避けにくい現象です。厚みから押さえ金が降りる部分では段差部分の一針が大きくなってしまうので、糸が遊んでしまい切れやすくなります。おそらく最新の針送り機構が付いたミシンや電子パターンミシンなどを使用すれば糸の緩みは発生しないですが、なかなかそのような最新のミシンを使用しているジーンズ工場は無いと思います。
それではこの不良をどのように防止するのか。同じことを取り返さないためにも、ここが大切な部分です。
■対策① 切れない糸を使用する。
昨今のデニムアイテムは縫製箇所によってステッチの色を変えたりするのは普通の事なので、少し色が変わってもプリーツの止め部分の糸だけを切れない糸にておきます。もしもこのプログをお読みになっている貴方が縫製工場やOEM生産の会社の方だった場合、ここの糸を変えてもアパレルやブランドの方はまず気づきませんのでご安心ください。(笑)
《おススメの糸》
① フィラメント糸 ②TTコア ③コアヤーン
①フィラメント糸
洗い加工しても簡単には切れない糸のナンバーワンは、①のフィラメント糸です。
ジーンズ専用のフィラメント糸としてKPF(キンバポリエステルフィラメント)が代表的です。そもそもフィラメント糸とはなんなのか?なのですが、我々が習った頃には「ところてんのようなもの」と教わりました。ところてんとは、材料は良く知りませんが(食べるのは大好きですが。)たぶん海藻みたいのが原料で、作ったときには四角くて、木の箱に入れて先っぽに板のついている棒でエイッと押すと箱の先端から細い紐みたいな感じで出てくるやつです。たぶんこの説明では全然分からないと思いますし現在の若者たちはほとんどところてんを突く(ところてんは〝つく〟というらしい)なんて見た事ない方がほとんどではないかと思いますが、要するにドロドロに溶かしたポリエステルが細くて長くなっているものです。うーん、この説明ではさらに分からなくなっているかもしれませんので、以下のアズマ㈱さんの説明資料をご参照ください。
②TTコア
〝コア〟とは中心みたいな意味だと思いますが、このTTコアとは中心には前述①のフィラメント糸が入っています。フィラメント糸の番手は、TTコア20番手に対して30番手より少し細いくらいです。(およそ600dtex)
名称の先に付いているTTはテトロン×テトロン(つまりポリエステル)という意味なので、コアがポリエステルフィラメントでカバーリングしているのがポリエステル短繊維という事です。
昨今のストーンウォッシュ加工においては、ストーンウォッシュの研磨時間を短くして加工感を強く出すためにバイオ(酵素)を用いるのが主流となっていますが、デニムの加工に効果の高いバイオというのはセルロース系繊維を脆化させる効果がありますので、この後の③にあげるコアヤーンを使用するとカバーリングの綿も脆化します。つまり、バイオストーンウォッシュを行う際には、コアヤーンよりもTTコアのほうが強度が落ちないという事になります。
TTコア糸は、コアにポリエステルフィラメントが入っている上にカバーリングはポリエステル短繊維なのでコッコンライクな毛羽立ち感があり、万能的な糸と言えます。特にフィラメント糸を使用した際の糸の光沢感を嫌う方には良い選択だと思うのですが、このTTコアの最大の弱点はあまり使用されていないのでカラーバリエーションが少ない事かと思います。このあたりはジーンズ用ステッチ糸に大変強く世界中のジーンズメーカーで採用されているキンバ(アズマ㈱さん)にバリエーションの増加を期待したいところです。
③コアヤーン
3番目にコアヤーンをお勧めします。おそらく現実的には、ジーンズの生産に強いブランドやアパレルメーカーではコアヤーンを使用しているケースが多く、それほど専門的でないところではスパン糸を使用していると思われます。
コアヤーンとは、コア(中心)部分にポリエルテルフィラメント糸が入っていて、コアの周りを綿の繊維でカバーリングしている糸です。表面上は綿糸ですので自然な毛羽立ち感があり、ブリーチ加工を行ってもデニム素材の色落ちに合わせた感じで自然な色落ち感があります。私はコアヤーンの開発当初から関わってきましたが、現代のジーンズに欠かせないストーンウォッシュ加工と激しい加工にも耐えるジーンズ専用の糸であるコアヤーンの開発とは切っても切れない関係にあると思います。
縫製仕様に少しお詳しい方なら理解できるかと思いますが、ジーンズの縫製に多用されている環縫い(チェーンステッチ)は、上糸が一針でも切れてしまうと目飛びと同じ状態になり裏側の下糸がポロポロとほつれてしまいます。ですから洗い加工でステッチ糸が切れないことは大変重要なのです。
ミシン糸というのは30番手であれば30番手単糸の三本縒りなどの構造で、、50番手の単糸がコアヤーンだったりスパン糸だったりします。ジーンズをストーンウォッシュ加工する場合に、もしも段差などでステッチ糸に強いダメージがかかると糸が擦り切れてしまいます。この場合、3本中2本が切れたスパン糸とコアヤーンでは強度は大きく異なり、1本しか残っていないスパン糸は簡単に切れてしまい、環縫いが10cmもほつれた不良品になったり、消費者が購入後に切れて商品クレームに発展したりします。一方、コアヤーンであれば、単糸一本のコアであるポリエステルフィラメントがつながっている限り環縫いがほつれる事はありません。
そもそも糸の価格がコアヤーンはスパン糸の3倍ですので、製品原価を考えるとなかなか使いづらいという事はあると思いますが、洗い加工を行って大量の不良品が発生して製品納期を間に合わせるために補修や運賃に多額の費用がかかったり、せっかくそのブランドのジーンズを気に入って購入してくださったお客さんがクレーマーになって対応に苦慮したりするよりも、俯瞰して見ればメリットは大きいのではないかと思います。
このブログの内容が、ジーンズ生産にかかわる方にとって少しでも役に立てば嬉しいです。
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